ごふせん書評 - 5枚の付箋で1冊の本を語る -

気になった箇所を付箋でチェックしまくる本好きが、1冊につき5箇所のハイライトを厳選して本について語る。歴史、文化、旅、宗教、政治、哲学、教育が関心分野だけど、興味を惹くものは何でも読む雑食。

書評:China 2049(マイケル・ピルズベリー著)

●読んだ本

China 2049(マイケル・ピルズベリー著)

 

●この本を読んだきっかけ

最近メディアを賑わしている米中貿易関税問題を契機に、米中関係の変遷が気になったため。

 

●本の概要(Amazonの紹介ページから抜粋)

本書はCIAのエクセプショナル・パフォーマンス賞を受賞したマイケル・ピルズベリーの経験に基づいて書かれたものだ。
パンダハガー(親中派)」のひとりだった著者が、中国の軍事戦略研究の第一人者となり、親中派と袂を分かち、世界の覇権を目指す中国の長期的戦略に警鐘を鳴らすようになるまでの驚くべき記録である。本書が明かす中国の真の姿は、孫子の教えを守って如才なく野心を隠し、アメリカのアキレス腱を射抜く最善の方法を探しつづける極めて聡明な仮想敵国だ。我々は早急に強い行動をとらなければならない。

 

●全体の感想

「東洋人がアメリカの文化を完全に理解できない様に、アメリカ人も中国人の思想を理解することはできない。そして理解した時には、もう手遅れだ」

 この本は、長年にわたり対中関係に友好的であった著者が、2010年代に入りようやく、中国が1949年から遂行してきた、中国一国を中心とした世界情勢を創出するための「100年マラソン」計画が、中国内一部の強硬派(タカ派)のみならず、共産党幹部全体でコンセンサスとして共有されており、現在に至って極めて現実的な未来となったことに警鐘を鳴らすものである。

 まず驚いたことは、米国の人々は思っていた以上に、東アジアの歴史と文化を理解できていないということ。どうやら米国は近年まで、中国は孔子儒家により形作られた伝統的な文化資産を近代化とともに完全に捨て去り、現在は共産党を中心とした「新たな」中国としての外交を推進している、と認識していたらしい。これは海を隔てた中国の隣国、日本に住む我々にとっては耳を疑う様な軽率なミスではないか。政体や統治方法が変われど、中国は中国。歴史の重みはそう簡単に、数度の政変だけで脱皮できるものでは無いと、日本人は肌感覚で理解している。強国は並び立つものではあり得ずに、どちらかが覇権を握るまで争いは続く。そんな中華思想易姓革命のDNAが彼らの血肉に刻まれていることは、習わずとも知っている。そんな基本的なことに、米国は「今更気づいた」のである。

 恐らくこれは、米国が若い、わずか250年弱の国家であることと無関係ではあるまい。きっと彼らは、例えそれが国家の中枢を担う優秀な研究者であろうとも、歴史の重みというものが本質的にわかっていない。恐らく数年前まで米国が描いていた、現実的かつ理想的だと考えていた近未来の世界図、つまり米国と中国が並立しつつ世界をリードし、民主主義に基づいた統治を行う、などは当然あり得ないのである。なぜなら米国が立ち向かうべき相手は、一つの王朝が世界の全てを掌握する、中華思想の伝統を継承した国なのだから。

 もう一つ米国の誤認を招いた要因について、米中の地政学的差異が挙げられないだろうか。中国は周りを陸地に囲まれ、これまでもロシア、モンゴル、さらには欧州各国との血みどろの争いを通し、王朝保存の戦いを経験してきた歴史がある(海を隔ててはいるが、当然第二次世界大戦の日本もその系譜に含まれる)。「四夷」「四面楚歌」「北虜南倭」など、絶え間なき敵国への警戒を喚起する故事には事欠かないのが中国である。他国を全面的に信頼し、協力的な統治に同意するなどということは有り得ない。一方アメリカは、太平洋と大西洋に守られた、巨大な島国と言える。もちろんアメリカ大陸は広く、争いもあったが、基本的には米国が棍棒を握り大陸を掌握してきた。その事実は、内戦である南北戦争が彼らにとって最も激しい戦いだったことからも証明できる。いかんせんアメリカは理想的すぎた。その高い理想がアメリカをアメリカたらしめてきたのも事実なのだが。

 現在のトランプ政権による、中国への強気のアプローチは、正解だ。だが、筆者も述べている様に、既に遅すぎたかもしれない。習近平は米国大統領を相手に「中国人は龍の子孫」と発言するなど、もはや「覇」への決意を隠そうとはしていない。

 中国の真意に米国が気付いたとは言え、これからも誤った対処を続ける可能性は高いだろう。彼らには、本質的に東アジアの思想が理解できていないのだから。その際、日本には米中間において、両者の立場を理解しつつ行動できるアドバンテージがある。両者の狭間で上手くアドバイザーとして立ち回ること、それが当面の間日本が採るべき戦略かもしれない。

 かなり前置きが長くなったが、本書における5つのハイライト箇所を紹介したい。中国の100年マラソン戦略についての記述を中心に。

 

■1枚目の付箋

アメリカ人は傲慢にも、すべての国はアメリカのようになりたがっている、と考えがちだ。

アメリカが中国の意図を汲み誤った最大の要因だと思う。自由と平等に基づく民主主義は、最も現実的かつ最良の政体であることに疑いはないが、そこには「現時点において」と注釈をつけることを忘れてはならない。何しろ冷戦が終わり、民主主義陣営が優勢になってから、まだ僅か30年程度しか経っていない。中国は、他国とは異なるロジックで動いている。

 

■2枚目の付箋

ソ連アメリカに対するライバル意識を利用して支援を引き出し、それがうまくいかなくなると今度は、アメリカに対ソ協力を申し出て味方につけた。これもまた兵法の戦略の一つだ。

■3枚目の付箋

1978年以降に書かれた中国の論文には、1950年代から60年代にかけての中国の指導者はソ連との関係における勢を読み間違えた、という主張が散見される。共産主義世界におけるリーダーとしての地位を奪おうとしていることをソ連に察知され、ソ連からのさらなる投資、貿易の機会、軍事技術、政治的支援を引き出せなくなったからだ。

中国は過去の失敗に学び、米国に対し自分たちを小さく見せ、支援を引き出し続けた。思えば確かに、中国が大国になりつつある、という認識は持ちつつも、その存在感は、人口13億人、世界2位のGDPの国家としては小さく見えていた。日本も中国に政府開発援助(ODA)をいまだに続けているが、もはや中国は支援されるべき対象ではない。

 

■4枚目の付箋

最も驚くべき事実は、(中国が)国力の評価基準に占める軍事力の割合が、10パーセント以下だったことだ。世界第二の軍事大国だったソ連の崩壊後、中国は評価システムの重点を、経済、対外投資、技術革新、天然資源所有へと移行させた。

中国が、いかに軍事力以外の強化に力点を置いているかが述べられている箇所。この戦略も成功しているように思われる。特に「技術革新」のうちIT面において、日本含む世界中の国がGAFA (Google, Apple, Facebook, Amazon)抜きでは日々の生活すら危うくなっている中、中国は、その目的に「検閲」が含まれている可能性があるにせよ、独自の検索システム、SNS、ソフトウェア開発を成功させ、今では一大技術大国となった。 

 

■5枚目の付箋

現代国際関係研究所の副所長、陸忠偉は、「アジアの外交の歴史において、強い中国と強い日本が共存したことはない」と指摘する。

この指摘は正しく、中国は現在進行形でこのことを意識しているに違いない。しかし日本はどうであろうか。中国が近い将来、少なくとも経済的には、他国の追随を許さない程の差をつけてトップに立つことが明らかであるにも関わらず、中国との平和的共存が実現すると、楽観視し過ぎてはいないだろうか。理想を持つことは良いことであるが、最悪のシナリオは、常に頭の片隅に置くべきだ。

 

●今後読んでみたい本は

三国志 横山光輝著 

 (小さい頃に読んでおけばよかったなあ。)

・八九六四 「天安門事件」は再び起きるか 安田 峰俊

・中国人の本音 安田 峰俊

 (現在進行形の中国を知るための、格好の手引きになりそう。)